やる気がおきない方へ 行動へのハードル上げてませんか

あまり気の乗らないこと、例えば勉強をしなくちゃいけないとき、どうしても「ちゃんと勉強しなきゃ」という強迫概念じみたものに縛られて勝手にハードルを上げて、後回しににしてしまうことを最近よくする。というかずっと今までそんなような生き方だったと思う。

というのも、僕は小さいころからヴァイオリンを習っておりコンクールにも何回かでたのだが、やはりコンクールとなるとしっかりとした演奏をしなくちゃいけない。そのためには毎日実のある練習を欠かさずしなくちゃいけない。これがいつの間にかヴァイオリンに限らず自分のライフスタイルになってしまった。(後から考えるとこれがプロ意識の芽生えかもしれない)勉強するにもしっかりと勉強しなきゃ、という考えに縛られてしまい勉強が億劫に感じられ、受験勉強も後回しにしてきた。その結果、焦り始めてそろそろやんなくちゃ、ということで直前期に本腰を入れて勉強をする。今までの僕のスタイルは、焦りを覚えるまでやらず直前期に追い込む型だったのだ。

しかしすべてのことに対してそのようなスタイルだと非常に生きずらい。なにをするにも億劫になってしまうし、やる気が出てこなくなってしまう。

なので、最近は、たとえその行いの結果実りがあまりなくてもとりあえずちょっとでもいいからやってみることにした。要するに行動するまでのハードルを下げたのだ。勉強で言うと、勉強したからには全部覚えないといけない、という考え方ではなく、とりあえず問題に目を通して、細かいところはおいておいて大まかなところをまずは勉強しよう、こういうスタイルに変わってきた。

 

ただこのスタイルには、たとえなにか行動できたとしてもその質が以前と比べると下がってしまう、という欠点もある。というよりハードルを下げるということは常にこの欠点を持ちうる。

例えば僕にとってのヴァイオリンのようにプロ意識があるもの(自分は音大には行っていないが、演奏するからには一人前の演奏をしなくちゃいけないと常に思っている。)に対して同じスタイルを適応してしまうと、その演奏の質が下がりかねない。ヴァイオリンを毎日練習することは普通の人からしたら素晴らしいことだがプロの世界では当たり前、そんなことでほめられても一流にはなれないわけで、やはり毎日練習をしたうえで、より良い演奏を目指さなくてはいけない。ただそれを目指そうと思えば思うほど、その大変さに億劫になってしまい、練習のやる気が下がってしまうし、練習に身が入らなくなってしまう。先のと対比させて言うと、行動までのハードル上げである。

なのでこのようなプロ意識を持っている分野に関しては、今いったスタイルとプロ意識のバランスをうまくとらなくちゃいけない。