読みやすい文章 福沢諭吉、ドストエフスキーを例に

読みやすい本、ということだがこの記事を書くきっかけになったのは読みづらい本に出会ったからだ。今読んでいる、アメリ音楽史に関する本がまさに読みづらくて困る。一例をあげる。

ミンストレル・ショウにみられるこうした<擬装>の重層性こそがその後のアメリカ音楽文化におけるアイデンティティの在り方を決定づける。~(それは)幾重にも擬装され、仮構された虚構の主体である。」

文脈から切り抜いてしまったので余計にわかりづらいかもしれないが、普通に読んでても読みづらい。というか文化史の本なんて一般人も興味をもって読むのだから(というよりこの本は一般人向け)なぜそれを意識せず読みづらい文章を書くのか。もっと言うと、こういう類の文章書く人、ただ自分の言葉の巧みさに自分で酔いしれてるオナニープレイにしか見えん。

その点、福沢諭吉の本は非常に読みやすい。「学問のすすめ」を真っ先に思い浮かべるけど、あれは絶対読みやすく意識して書かれてる。なんて言ったって若者にむけた啓蒙書だからね。それ以外の普通の本、例えば「文明論の概略」も実は同じくらい読みやすい。

その理由としては、言いたいことが回りくどいことせず、ズバリと書かれてる。それに加えて、たとえ話がたくさんある。そのたとえ話もわかりづらいものはなく、身の回りの話でわかりやすくたとえられているので読んでて爽快で面白い。あと、文章のテンポが良いというか、読んでてあまり飽きないところも、魅力の一つ。

小説においては、そこまでたくさん読んだわけではないけど、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」は簡潔でわかりやすかった。そもそも内容が膨大なのはちょっと置いておいて、文章については言いたいことがとてもわかりやすい。文章を読んだときにその内容がすっと頭の中に入ってくる感じ。それに比べて三島由紀夫の本は回りくどい表現が多くてちょっと読みづらい。(それとは関係なく普通に三島由紀夫の作品は好きです)

 

話が脱線してしまったけど、要するに自分は福沢諭吉のような簡潔で明瞭な文章を書けるようになりたい。